崩し、つくり、掛けってなに?



柔道の基本を表す言葉に

「崩し」「つくり」「掛け」というものがあります

技を仕掛ける際に重要なポイントのこと



柔道家はこの言葉を「呪文」のように使っていますが

ひとによってその解釈は様々です



崩す=相手を動かすこと

つくる=技に入りやすい状態にする

かける=技をうつ



単純に考えればそういうことですが

それぞれに当然「意味」があります

理解して指導するのか、理解して競技するのかで

柔道の価値観がかわるものですので少し考えてみたいと思います




「掛け」とは・・




わかりやすいように最終段階の

「掛ける」部分から始めましょう



掛けるとは文字通り「技を掛ける」ことです

その際に重要なのは「腰がまわるか否か」です

ほとんどの技は腰の回転で相手を投げます



背負投も、内股も、大外刈も

腰を回転させることにより「遠心力」「軸回転」を利用するもの



仮に腰が回らなければ

投げようとする方向に身体は返らず

技の効果は期待できないどころか

「返し技」で跳ね返されることになりかねません



大事なのは遠心力、軸回転を利用する場合

身体の「軸」に最も近い場所に相手を引き付け

回転させることです



重りが「軸」より遠くにあればあるほど

それを動かすには「力」が必要になります

逆に「軸」に近づけば近づくほど

重りを動かす「力」は必要ありません

近ければ効率的な動きとなるはずです



ということで「掛け」には

自分の回転する「軸」にいかに

相手を引きつけるかという意味合いがあるのです



打ち込みの練習

引き手、釣り手で相手を引きつけることを

何度も何度も練習しているのはそういう理由でしょう




「つくり」とは・・




次につくり

最終段階で技をかけやすいような

「間合い」をつくる作業



まっすぐに立っている相手を

力ずくで自分の「軸」に近い場所にひきつけることはできません



人の関節の特性として

伸びきっている状態、曲がりきっている状態では

力は入りません

肘も、膝も、腰もそれは同じこと



右手と左手を使い組手で

小さい技、大きい技を繰り出し技で

相手の動きを見極め、相手の技を見極め流れで

相手の身体を「棒立ち」にさせていく必要があります



とはいっても完全なる「棒立ち」にする必要などありません

「棒立ち」にすることが柔道の勝利ではなく

「投げる」ことが柔道の目的です

最終段階「掛け」を打てる状態までを

文字通り「つくる」ことが重要

さて?それはどこまででしょうか



最終段階「掛ける」において

腰の回転が必要なことは説明しました

「つくる」はいつでも腰が回転できる状態

その上で相手の腰を回転させない状態のことです



「腰を回転させない」ことが重要だといって

腰へ抱きつき、腰の奪い合いなどはできません

自分の技を仕掛けられないことにもなりますし

なにより相手の「軸」に自分から巻き込まれにいくようなものです



腰の回転を止めるには

回転する「面」である胴体の

最も軸から遠い場所を制することが効率的です

軸に重りを近づけると簡単に回転できることを考えれば

軸の最も遠い場所が止まると簡単に回転はとまります



胴体でもっとも外側にある部分

それは「肩」です

肩を止めれば相手の軸回転は簡単に止めることができます

自分の肩が相手に制されなければ軸回転は行えます



「つくる」とは

組手や、技、そして相手の動きを利用し

相手を棒立ちにしながらも

相手が軸回転できないように肩の動きを制し

自分がいつでも軸回転できるように

肩を自由にしておくきながらも

技にいつでも移行できる間合いをつくる作業のことでしょう




「崩し」とは・・




そして「崩し」

これはいかに「つくり」に持ち込むかの準備です



ひとの重心線はいびつな姿勢を取らない限りは

頭の頂点から両足の間に走っています



その重心線が傾けば傾くほど

相手は動かしやすくなり

重心線がまっすぐに伸びているほど

相手は動かしにくくなります

動かなければその後の「つくり」の作業はできませんよね



ひとは「歩く」際に小さいながらも重心線を変化させます

例えそれが最初は小さい変化であっても

その変化を利用することが最適



また自分の重心線をできるだけ動かすことなく

技をしかけることで相手はそれに反応

そこにも重心線の変化が生まれます

いわゆる「足技」というものです



ひとたび重心線が傾けば

ひとはそれを立て直すため反対方向に重心を傾けます

相手にとっては危険回避ですから

咄嗟な動きで関節も伸び「棒立ち」になるはずです



重心が動けば動くほどそれを回避するための動きが必要になる

重心を戻そうとする動き、力が身体を伸ばす方向に働く

身体が伸びれば・・つくりがしやすくなる



傾いた重心を利用し

傾いた方向に相手を導けば

簡単な軸回転で仕留めることにもなりますし

逆に傾いた重心線を戻すための相手の動きにあわせれば

それも簡単な軸回転で技を仕掛けることもできるはずです

相手の動く力を利用することも「崩す」方法のひとつです



というように柔道は理屈に叶ったせめぎ合い

ひとつひとつの動き

ひとつひとつの手立てで

相手を「身動きとれないように」する詰将棋

頭のスポーツとも言える競技



ただただ身体能力に頼るだけでは勝ち切れない

そこには「柔よく剛を制す」の名の通り

ひとの特性、力学的根拠に基づいた基本があるのです



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



くだらない内容ですが

長々と読んでいただきありがとうございました



ここに記したものは

「わたしの勝手な考え」であり

当然すべて「正解」とは思いません



このブログはそんな「考え」を

皆さんに押し付けるものではありません



しかし私が思う「柔道」とは

ただただ息を乱し、漠然と汗を流すだけものではなく

ひとつひとつその内容を理解し

ひとつひとつ理屈に当てはめ創造していくもの



そこに柔道の本来の楽しみ方があり

そこに情動上達への近道が隠されていると思います



このブログの内容を批判されることも「良し」

どこか同調出来る部分がなれば「なお良し」

なによりこんな「考え」でも個々の台の上に乗せ

自身の柔道を振り返るきっかけとなればそれで「本望」です



ここに記したものは先人の教えが

いかに理にかなっているのかの実証であり

基本がいかに大事であるかの証明です



日本柔道が苦境に立たされている今だからこそ

基本に立ち返り「Judo」ではなく

「柔道」の道を歩むべきと思います



批判でもかまいません

酒の席でも、稽古の帰りにでも

フェイスブックでも、ツイッターででも

柔道の基本を議論する「きっかけ」にしていただければ

「考えること」「掘り下げること」の輪を

広めることができると考えます



そこに「答え」などないかもしれません

しかし知恵を絞り、創造すること、語り合うことが

「それぞれの柔道」の基礎となってくれるはず

柔道の楽しみがそこに広がります



そしてその輪が広がれば

「日本柔道」の基板になり得るものと思います

日本柔道は今こそ「基本」に立ち返るべきです



くだらないブログですが

様々な方々、それぞれの場所で

柔道を考える「きっかけ」となれば幸いです



肩の荷をおろして